自治会や町内会は、人が住む住所という一定範囲の集まりによって構成され、それぞれにその地名や地区名などの固有の名前が付けられている。
例えば、「○○市○○区見本1丁目」という地域があった場合、「見本1丁目自治会」などの名前がついている。ではこの「見本1丁目自治会」を構成している人とは、何であろう?
近年、「自治会は任意団体であるから入るか入らないかは自由だ」などという話を耳にするが、それは考え物である。自治会は、その地域に住む住民の集まりで構成されているものであるから、基本的には「入会」や「退会」という概念は存在していない。その地域に住む住民であるならば、自治会に属するのは当然のことである。
なぜなら、自治会の存在目的は、その地域に住む住民が「安心安全に暮らせるため」に存在しているのであり、自治会に属さないということであれば、それは「安心安全に暮らせる」ことを望んでいないということになるからだ。
人は一人では生きていけないため、誰かと群れを成して生活をしている。例えば、本来、各々が食料調達を行わなければならないのだが、その行為を食品メーカーにゆだね、彼らからそれを購入することによって、毎日の食卓が彩豊かなものになる。
本来、自分の足で歩いて目的地にたどりつかなければならないのだが、人間の足ではとても遠くに行けず、時間もかかることから、交通機関にお金を払い、誰かに自分の体を移動させてもらっている。
本来、自分が身に着ける衣類は、自分で編み込まなければならないが、それにはそれ相応の技術と時間が必要であり、またセンスがなければ、かわいい洋服や装飾品は作れない。そこで、デザイナーが形を作り、それを大量に生産してくれる洋服メーカーにお金を払い、いとも簡単にファッションを楽しむことができる。
人は一人で生きているわけではない。もし、一人で生きていると自信を持っている人がいるならば、その人は山や海辺に住み、自分が住む住居は自分で建築し、自分で動物を狩り、あるいは魚を獲り、自分で作物を育て、それを調理して生活をしている。衣服はもちろん、草などを加工し、自分で編み込んでいるのだろう。
いやいや、現代の日本で、そのような生活をしている人はほとんどいない。いるのであれば、ぜひ取材させて欲しい。
『人は誰かの力を借り、誰かに支えられて生きている。』でも、普段からこのようなことを考え、他者に感謝し日々の生活を送っている人も少ないだろう。
あなたが知らないところで、誰かが汗を流して役割を担い、あなたの生活を支えてくれているものである。中身を知らないならば、その誰かの存在は見えてこない。あなたがお世話になっている企業の製品を作ってくれている誰かが必ず存在している。
組織もまた、同様である。言葉だけでの議論の中では、その誰かの存在は重要視されないのであろうが、「地域の安心安全を守るため」に自治会という組織を構成して、その活動を担っている「誰か」の存在もまた、同じであろう。自治会が存在していることによって、必ずその地域での「治安」は守られている。
めんどうだから自治会には参加したくない。その気持ちはよくわかる。だが、考えてみて欲しい。
あなたの地域にゴミが落ちていないのは、なぜだろうか?あなたの地域で犯罪が少ないのは、なぜだろうか?あなたの地域で安心して暮らせるのは、なぜだろうか?
『安心安全は、そこに住む人が作る』
もしあなたが、その地域の「安心安全」のために、「何か」をしているならば、それは確実に、誰かのためになっている。
もしあなたが、その地域の「安心安全」のために「何も」していなくて、地域の「安心安全」を感じているならば、それは誰かがやってくれている「努力」を享受できているのであろう。
ここで、記事がまだまだ長くなりそうなので、次回は「その2」として掲載する。